ブログ49 殺された上村遼太くんの命を無駄にしないためにも法改正の実現を

1 いつも署名活動にご協力賜っておりますことに厚く感謝申し上げます。

 2015年2月27日、川崎市で13歳の上村遼太くんが同月20日に殺害された事件で、少年3人が逮捕されました。
 本事件について、少年による凶悪犯罪であり少年犯罪の厳罰化の検討が必要というような議論もあるようですが、本事件が私どもに突き付けた課題は、明るく元気で誰からも好かれていた子どもが、昨年11月ころから突然非行少年グループと付き合い、深夜はいかいから、1ケ月以上も不登校になり、非行少年グループから抜け出したくてそれを許さない非行グループから激しい暴行を受け、それを周りも知りながら、なぜ殺されることを防ぐことができなかったのか、家庭や地域社会、あるいは学校、警察、児童相談所という行政はこの事案にどうかかわってきたのか、特にこれらの機関はどういう情報共有や連携の仕組みを構築してきたのかということだと思います。
 このような境遇・環境に陥っている子どもは何万人、もしかしたら何十万人もいるかもしれないのですが、周りが適切な助けを講じることなく放置していれば、なりゆきによっては、家出をして大人の犯罪の被害者になることもありえますし、非行少年の犯罪の被害者になることもありえますし、非行少年グループにはいり非行に手を染めていくということもありえますし、不登校が続き引きこもりになり家庭内暴力をふるうようになるということもありえます。
 確実にいえることは、家庭や地域社会、学校、警察、児童相談所の有する機能が子どもを守るために十分なものであったならば、子どもはそのような境遇に陥ることなく、あるいは一時的に陥っても適切な助けが講じられ、楽しく子ども時代を過ごせたはずだということです。
 本事件は、私どもが求めている「子ども虐待死ゼロを目指す法改正」、その中の「児童相談所、市町村(学校)、警察が連携して子どもを守る」ための法改正を一刻も早く実現し、児童相談所、市町村(学校)、警察が情報を共有し、連携して活動する態勢を整備することが急務であることを明らかにしました。
 安倍総理は、2月27日の衆議院予算委員会で「子どもたちを守るのは私たち大人の責任だ」と強調、「学校、教育委員会、警察、児童相談所との連携が十分だったのかも含めて検証する。二度と起こさない決意で取り組む」と答弁したとされ(2月28日産経新聞)、同様のご認識と拝察いたします。
 以下、本事件を受け、大人社会が、政府が早急になすべき取組みについて述べることとします。

2 本事件では、なぜ1か月以上も不登校で、深夜はいかいをし、非行少年グループから暴力を受けていることが周りに知られながら、上村くんを救うことができなかったのかが最大の問題です。
 本事件では、担任の女性教諭は30回以上にわたって上村くんの自宅を訪問したり、母親の携帯電話などに連絡を入れたが、「学校へは家の用事で行かない」「本人と連絡がつかない」「今は家にいない、自発的に登校するまで様子を見る」「友達といるのではないか」などと母親から聞けたのみで、上村くんに会えなかったとされています(2月27日産経新聞)。また、「家族や同級生らは自宅に寄り付かず、顔に青あざをつくるなど交友関係の変化に気づいていた。・・・学校は12月ごろ、上村さんが問題のある他中学の生徒らと付き合っていることをようやく把握した。しかし学校間で情報交換をしただけで具体的なアプローチはしていない。1月8日。始業式を欠席した上村さんはそのまま姿を見せなくなった校長は担任教諭に「少なくとも2週間に1度は顔を見るように」と指示したが、会うことはかなわなかった。電話で「本人と会っていない」と答える母親に対し、担任は行方が分からない場合は捜索願を出すよう提案したという。だが、母親が警察に相談することはなかった。」(2月28日毎日新聞)ともされています。
 これらの報道によれば、学校は自分の力で上村くんと会うこともできず、親と協働しての対応もとることができなかったわけですが、警察に連絡し連携して活動することも求めなかったようです。学校は警察との連絡会で上村くんの不登校の事案を報告はしたが、氏名は伏せたままだったとされています。
 川崎市で年間1200件程度の不登校事案があるとされていますので(2015年3月1日読売新聞)、学校はすべてについて警察に連絡するわけにもいかないでしょうが、少なくとも本事件では、不登校が1月以上も続き、子どもとの連絡が長期間とれず、問題のある他中学の生徒と付き合っているということを把握し、親が学校と協力して取り組む姿勢ではないようなケースであり、このままでは子どもに何らかの危険が生じるおそれがあると予想できるわけですから、学校は警察に連絡して連携して対応するべきでした。
 上村くんの置かれている状況を知っていた誰かが警察に連絡し、警察が非行少年グループによる暴力を把握できれば、殺されるという事態には至らなかったわけで、一概に学校だけの責任でもありません。しかし、家庭や地域社会が以前は確かに有していた子どもを守る機能が大幅に低下し、子どもを守ることにさして関心がないことが多い現状では(子ども虐待でも近隣住民が知りながら通報しないということがむしろ通常です)、学校や警察、児童相談所という行政が子どもを守る取組を今まで以上に行うしかなく、本事件を契機にこのような事案で子どもをいかに守るか、学校だけで対応できないことは明らかですから、いかに警察、あるいは児童相談所と連携する仕組みを作るかが最大の課題であることは明らかです。

3 ところで、子どもは、家庭では親からの虐待やネグレクト、放任や過干渉、母親への暴力を見せる、配偶者以外の異性を家庭に連れ込むなどの子どもに有害な生活態度など様々な危険にさらされ、学校では同級生からのいじめや教師からの体罰、地域では非行少年からの暴力や児童性虐待者からの性犯罪などなど、家庭、学校、地域社会で様々な危険にさらされています。一応、家庭における親からの虐待に関しては児童相談所が、学校における危険からは学校が、地域社会における危険からは警察が、主たる責任を負うこととされていますが、これらの機関が、単独で、縦割りのままで、情報の共有もせず、連携しての活動もせず、子どもを危険から守ることなどそもそもできません。

 各機関が虐待やいじめを受けている子どもの情報や不登校の子どもの情報、地域の非行少年や児童性虐待者の情報など、必要な情報を共有して、たがいに人員を出し合って共同で家庭訪問や立直り支援活動等実質的・効果的に連携した活動を行わなければ、到底子どもを様々な危険から守ることなどできません。
 特に、以前には確かにあった家庭や地域社会の子どもを守る機能がなくなってきている現在、すなわち、親からの虐待や不良グループからいじめられている子どもがいることを知っていても、周りが警察等に通報しないことがむしろ通常の我が国においては、学校や児童相談所、警察が縦割りのままではなく実質的・効果的に連携して、その持てる機能を最大限に発揮して子どもを守ることが極めて重要になっています。

 しかし、これらの機関は、社会の変化に対応せず相変わらずの強固な縦割り意識のままで、虐待情報やいじめ、不登校の情報の共有も十分にはせず、連携しての活動もせず、案件を抱え込むだけで、何ら有効な対策を講じず、みすみす救うことができた子どもの命を救えなかったという事件を長年にわたり引き起こしています。
 児童相談所が関与しながら警察と連携することなく、子どもの安否確認もせず虐待死が防げなかった事案は毎年毎年何件も繰り返されていますし、昨年末にNHKで報道されていましたが不登校とされている子どもが実は親により虐待され家に監禁されていたにもかかわらず、児童相談所と学校は親に面会を拒否されても警察に連絡せず、そのままにし長年虐待・監禁を継続させ続けていた事例も起こっています。また、多くの市町村・学校は、未就学の児童を把握していながら、その所在を調査もしなければ、警察に捜索依頼もしないということを長年にわたり続けてきました。
 一方の警察も、横浜市あいりちゃん虐待死事件では児童相談所からの所在不明であったあいりちゃんの捜索要請を断るという対応をしましたし、保護者からの相談・要請でなければ、上村くんの事案のようなケースにおいて学校や児童相談所からの相談に対しちゃんと対応するか心もとない気がします。子どもへの虐待ではないかとの110番通報を受ければもちろん現場には行きますが、検挙するような悪質な事案のぞいては児相に虐待通告するのみで、あとは人員不足でほとんど有効な対応ができない児相を助けて、連携して、虐待にさらされている子どもの安否確認や家庭訪問をするなど思いもよらないという姿勢です。

 このような関係機関の消極的な姿勢、すなわち、児童相談所や学校が虐待情報や何らかの危険が予想される不登校の情報など守らなければならない子どもに関する情報を警察に提供せず、警察もそれを積極的に受けるようにはなっていない、ましてや連携しての家庭訪問等必要な活動など思いもよらない、という強固な縦割りの、連携をとにかく嫌がる長年の姿勢が、上村くんをはじめとして数えきれないほどの多くの子どもの命を守ることができなかった最大の原因です。

 したがって、本事件を受け、我々が取り組むべきことは、行政の子どもを守る機能の強化、すなわち、学校、児童相談所、警察等関係機関が必要な情報を共有して実質的に連携して子どもを守る機能を最大限に高めることであり、それは、まさに私どもが求めている法改正を実現することにほかなりません。

 なお、家庭、地域社会の子どもを守る機能の強化の必要性はもとより否定しませんが、核家族化、地域社会の連帯意識の希薄化等戦後一貫して続いた社会の一方方向の変化の結果であり、容易に回復する術は誰も提示できていない現状では、「官」すなわち、児童相談所、学校、警察が連携して子どもを守る機能を最大限高めること以外には有効な対策がないことは間違いありません。

4 子どもが親からにせよ、非行少年からにせよ、児童性虐待者からにせよ、命が奪われる、傷つけられるという事態を防ぐことは、大人社会の何よりも重要な使命です。この使命を果たすためには、児相、学校、警察の連携が必要なわけですが、ここではちょっと長くなりますが、子どもを守るために警察の有する児相、学校とは異なる機能、役割について、警察に23年間勤務した経験から述べることとします。
 警察は、子どもを虐待する親や犯罪に当たるいじめや暴力をふるう非行少年・大人を逮捕することができる唯一の機関であるわけですが、実は、問題行動を起こす人に対して、そのようなハードな対応だけでなく、指導や警告、相談に応じて励ましや立直り支援等ソフトな対応により、かなり問題の解決を行っている組織であるということです。警察の役割を虐待親や非行少年の逮捕だろうと考えておられる方がいれば、そうでないことを知っていただきたいと思います。ただし、かなり長いですから、ご関心のない方は、この4の部分はとばしていただいても結構ですが、5.の結論部分は是非読んでいただければと存じます。

(1)戦後一貫して続く核家族化、地域社会の連帯意識の希薄化等に伴い、家庭、地域社会の有していた自律的解決機能、相互扶助機能、犯罪抑止機能等の低下がもたらされ、従来であれば自主的に解決されてきた問題が解決されない問題が増えてきました。こうした中で、警察は、昼夜を問わず交番・駐在所を拠点として巡回連絡など地域住民に密着した活動を行い、110番を受け24時間緊急に助けに駆けつける唯一の機関であり、以前ほどではありませんが「駐在所のおまわりさん」に代表されるような地域住民から信頼を寄せられている機関であることから(昔は村の駐在さんは村長さんと同じぐらい尊敬され頼りにされていたといわれています)、地域住民が日常生活に伴い生ずる困りごとの解決を警察に求めることが多く、最近では年間150万件程度の困りごとが警察に寄せられています。その多くは警察に解決する権限が法律上与えられていないものです。
 騒音を出している人に警察はやめさせる権限はありませんが、110番があれば24時間警察官は駆け付け、騒音を下げるように依頼し、多くの人はそれに従います。子どもに対する虐待ではないかと疑われる事案に対して、国会は児童虐待防止法の制定時に警察を通告先としないという判断をしましたが、多くの人が警察に110番します。もちろん、警察官はその家庭に駆けつけます。
 以下は、昭和59年版警察白書「安全で住みよい地域社会を目指して」の中で紹介されている事案です。当時私は警察白書の作成に従事しており、全国の警察から困りごとの解決に当たっている警察官の活動を調べていました。

[事例1]派出所員が巡回連絡中、主婦から「隣の喫茶店が夜遅くまでカラオケの音を高くして騒ぐので眠れない。直接には言いづらく困っている」との相談を受けた。夜間警らの際、同喫茶店に立ち寄り、屋外に漏れる音を店主に確認させたところ、意外に大きな音に本人も驚き直ちに音量を下げるとともに、翌朝、近隣にわびて回った(北海道)。

[事例2]派出所員が勤務中、主婦が訪れ「昼夜を問わず無言の電話がかかり迷惑している。近所の主婦のいやがらせと思うが、警察でうまく注意してもらえないか」との相談を受けた。派出所員が付近一帯の巡回連絡を行い、「最近この近くでいたずら電話があり、困っているということを聞きましたが、お宅ではどうですか」と尋ねて回ったところ、以後、相談者宅に対するいやがらせ電話はなくなった(群馬)。

[事例3]派出所員が勤務中、中学3年生の女子(15)が訪れ、「母が離婚、再婚を繰り返し、現在も妻子ある男性と交際中で、いつもその男性が泊りに来たりするため、勉強も手につかず、家にいるのもいやになった。もっときちんとした生活をするように母に注意してほしい」と泣きながら訴えた。母親を派出所に呼んで3人で話し合った結果、母親も反省し、以後、親子の対話かなされるようになった(佐賀)。

(2) 権限を有していなくても、他の役所であれば「それはうちの所管ではありません」と断る事案でも、困っている人の立場に立った上で、問題行為をしている人に強く警告するとか検挙することもまずは避け、必要以上に傷つけないように配慮して、最善の結果が出るよう努めているのです。このような解決方法は警察ならではのものだと思います。
 [事例3]のようなケースは、ネグレクト家庭に対する指導として大変すぐれたものだと思います。警察に親に指導する権限があるわけではありませんし、多分義務もないでしょう。組織としてこういう方針を立てているわけでもありません。「児童相談所に行ってください」といえばすむのかもしれません。しかし、親のネグレクトともいうべき不適切な養育態度に悩み苦しんでいる子どもを救うことは警察官の任務として、このような仕事に熱心に取り組んでいる警察官・警察職員は少なくありません。もちろんすべての警察官・警察職員ができるわけではありませんし、不適格なものがいることも否定しません。すべて成功しているわけでもありません。しかし、他機関に比していまだ有していると思われる使命感や地域住民からの信頼感からして、犯罪捜査や非行少年の立直り支援、その他様々な事件・事案を経験していることからくる人間関係の機微や加害者・被害者の心情の理解、人を説得する技術等からして、また1200の警察署、1万数千の交番・駐在所を有し、24時間対応できる体制からして、さらに暴力に対抗できる、暴力をふるう相手を制圧・検挙できる唯一の機関であることからして、児童相談所の職員や学校の教師ではできない対応が警察官・警察職員であればできる人はかなり多いのは確かです。
 ストーカー行為者に対して警察から指導・警告すると、検挙せずとも8・9割がストーカー行為をやめるという結果が出ています。おそらく市町村の職員が同じことをしてもそんなにはやめないのではないでしょうか。警察からの指導・警告には他機関のそれよりもかなりの効果があることは明らかですし(虐待やネグレクトをしている親に対しても警察官の指導・警告は同様の効果があると思います。)、対応する警察官は、上記の警察白書の事例のように、問題行動をしている人に必要以上に強権的な対応をとることは避け(危険な事案等逮捕が必要な場合はもちろんそのように対応しますが)、望ましい配慮をしながら最善の結果が出るように努めているのです。

(3) こういうことを言うと、警察の家庭への介入を正当化するものだとして批判する学者やコメンテーターと称する人がきっと出てきますし、新聞の投稿欄にこのような「声」を掲載する新聞社も出てくると思います。
 私は、警察庁勤務の折には、民事不介入の原則を口実として、児童虐待やDV、ストーカーに対して取り組もうとしないそれまでの警察の方針を改め、「女性・子どもを守る施策実施要綱」という通達を発出し、家庭内暴力やストーカーから子どもや女性を守る方針を打ち出し、児童ポルノを規制する法律の制定を国会に求め、ストーカー規制法や学校における子どもの安全を図るための大阪府安全なまちづくり条例の立案に尽力しましたが、いずれの場合にも一部の学者や弁護士、国会議員、マスコミからこのような批判を受けました(拙著「日本の治安」(新潮新書)p155、156その他参照)。子どもや女性を守るためでも警察の活動範囲を広げることは悪だというのです。現在取り組んでいる、子ども虐待ゼロを目指し児童相談所と警察の虐待情報の共有と連携しての活動を法律で整備するよう求める署名活動に対しても、戦前の特高警察の問題まで持ち出して批判する人もいます。

 しかし、こういうイデオロギーを有する人たちの主張に従い、警察に子どもを助け、守らなければならない事案に対応させないとすることは、親に対して必要な指導をするのに及び腰な、暴力親と対峙する経験も能力もない(これは無理からぬことで児相の職員や教師を批判しているわけではありません。そもそもこういう人にやらせようとすることが無茶だと言っているのです)、児童相談所や学校のみにこのような事案が委ねられることになりますから、本来被害者である助けなければならない子どもを見捨て、かえって問題少年だなどとレッテルを張り、少なからぬケースで子どもが虐待・ネグレクトを受け続け、あるいは犯罪の被害者となり、場合によっては非行に追い込むことにもなるのです。

 核家族化の進展、地域社会の連帯意識の希薄化に伴い、親は子どもに対して生殺与奪の力を有するモンスターになりうる存在になってしまったのです。以前であれば、同居する祖父母やお手伝いさんなど他の同居人の存在により、あるいは長屋の大家さんや近所のおせっかいなおばさんや怖いおじさんなどにより、子どもは親の暴力・虐待から守られていました。しかし、家族・地域社会の子どもを守る機能が失われた今では、子どもに暴力をふるい、虐待する親から守ることは、「官」がそれを担うしかなく、そのためには、行政がー警察も含めたすべての関係機関がー連携して持ちうる力を最大限に発揮しなければならないことは既に述べたとおりで、中でも上記のような他の機関にはない機能を有する警察という社会資源を子どもを守るために最大限活用することは、子どもを何より大事に思う人には当然のことです。

 どんなイデオロギーを有するかは自由ですが、警察という有効な社会資源を子どもを守るために活用させない、その取組の邪魔をするなどということは、子どもの命などどうでもいいというのと同じで、許されるはずもありません。
 児童虐待防止法の制定時に警察を虐待の通告先にせず、今もそのままにしている国会の判断は、これと近いものでないかという疑念が消えません。もし、警察を児相と並ぶ通告先としていれば、両機関はいやでも情報共有と連携しての活動をせざるを得ず、虐待問題がここまでひどくなることはなかったでしょう。

(4) 児童相談所や学校の現場で子どもを守ることに情熱を持って取り組んでおられる職員や教師の方ほど警察との連携を熱望しておられ、自らの組織や警察の連携に消極的な姿勢に怒りを感じておられることは重々承知しています。
 虐待の通告先に警察を加え、初期の安全確認に警察が一定の役割を担うことについては条件付きを含め賛成が92.8%とほとんどの児童相談所がその実現を望んでいるとされています(平成19年11月日本虐待防止学会のアンケート。この文章は高橋幸成「警察と児童相談所」(町野朔・岩瀬徹編「児童虐待の防止」所収)から引用)。私がお会いした児童相談所の方もすべてそういう方々です。

しかし、その一方で、警察が虐待や不登校・いじめなど家庭や学校内の問題に関与することを嫌がる、消極的に連携しないというより、積極的に連携しないことを選ぶ人たちが、上記イデオロギーに基づく場合以外にも、多分所長や校長など上層部には少なからずいるのではないかと感じています。理由としては、
○「縄張り」意識というものにとらわれ、虐待や不登校・いじめなどの事案を「部外者」である警察に関与させたくないという意識
―どんな組織にでもあり、組織内でも他の部門に対してすらあるものですが、こんなくだらないもので子どもの命が救えないなんて許されるはずもありません。
○学校については「教育的アプローチの重要性」(学校内での事案は教育的配慮が必要で警察の関与は望ましくないとする見解)の殊更な主張
―学校が犯罪にほかならない残酷ないじめを警察に通報せず、被害者を自殺に追い込んでいる事案の多発という事実を無視し、被害少年の犠牲の下で加害少年を一方的に保護するもので、法の支配にも反するものと考えます。
○児童相談所については「盲信」とでもいうべき家族再統合理念の堅持
―家庭で性虐待の案件を警察に通告すれば警察が父親を逮捕してしまい、家族再統合の妨げとなるから警察には通告しない、という方針をかつてある児相はとっていました。これには父親から強姦され続ける被害者の子どもへの配慮などみじんもありません。また、子どもはどんなひどい親とでもいっしょに暮らすことが幸せだ、として危険な親から子どもを一時保護せず、あるいは一時保護しながら危険なままの親の元に子どもを戻して、子どもが殺害されるという事案も多発しており、子どもを犠牲してまで「家族再統合」理念を盲信しているように感じます。
 このほか、警察に連絡して連携した取組みにより解決することになれば自分たちの「面子」がたたない、あるいは「存在意義が問われてしまう」「これまでなぜ連携しなかったのかと自分たちの無策が責められる」とでも思っているのではないかと思わざるを得ないこともあります。このような意識はこの問題に限らず、新しい取組みをしようとする場合に、それまでの担当者等今までの取組みを変えたくない勢力の本音としてしばしば見受けられます。ただし、これは、虐待事案については、児相の現場ではなく、厚労省がこのような意識を持っているのではないかと感じています。私どもが求める児相と警察との連携を内容とする法改正は、人手不足の児相だけで対応するよりも虐待抑止に効果があることは明らかで、現場の児相の業務軽減にもなり、9割以上の児童相談所の方が賛成し、虐待問題に取り組む方のみならず、医師の団体や多くの企業経営者、ジャーナリスト、弁護士等社会の様々な分野で活躍する多くの賛同者がいるにもかかわらず、厚労省が反対するまともな理由は本当に思いつかないからです。

 子どもの命を守るためには関係機関が協力してそれぞれの機関の機能、特色を最大限に発揮することが必要で、「縄張り」や、到底妥当とは思われない独自の見解の「殊更な主張や盲信」、「面子」などにより、協力しない、連携しないことなどあってはならないことは言うまでもありません。役人でない人には信じられないことと思います。しかし、私は長年の役所勤務、あるいは警察勤務の経験からそのように感じざるを得ません。

 もちろん、警察との連携についての消極的な考えについては、これまでも警察の不適切な対応により信頼関係が醸成されていないことも大きな原因であり、一概にこれらの機関の責めに帰するつもりは毛頭ありません。
 これまでも警察がこれらの機関からの相談に応じなかったケースや不適切な対応により事案を混乱させたことも多いことから警察に対する信頼感がそれほどないのも無理からぬことと思います。しかし、上記警察白書で紹介した事例やストーカー事案への対応にみられるように、警察では虐待親やストーカー行為者を含め問題行動をする者に対しても必要な配慮をして取り組んでおり、不適格者の排除、必要な研修等を的確に実施すればより適切に対応できるものと思います。
 要は、これらの機関の間の信頼関係を醸成することが極めて重要だということです。そのためにも法改正でこれらの機関が連携して活動することを義務付けることが必要不可欠だということです。縦割りの極めて強い我が国の行政機関にあっては、法律で連携が義務付けされてはじめて、他機関の仕事、業務への理解のための研修、共有すべき情報の範囲、連絡する事案の基準の策定、連携して行う業務のフローチャートの作成等連携の手順の決定、人事交流の推進、飲み会の頻繁な実施などが進み、それを通じて相互の信頼関係が醸成され、効果的な連携が図られ、その結果としてこれまでとは比較にならないほど子どもたちを守ることが可能になるのです。

 以上のことからも、これらの機関を効果的に連携させるためには、法律で義務付けすることが絶対に必要であることはご理解いただけるものと思います。

5 結論部分でまた繰り返して恐縮ですが、深夜はいかいや家出、不登校をする子どもたちは、問題行動を起こしている少年ではなく、虐待やネグレクト、放任、親が異性を自宅に連れ込むなど家庭の問題により、子どもが家にいたくない、いづらく感じている、以前であれば親に代わり近所のおじさんやおばさんが、地域社会が守った子どもたちであることが多いのです。地域社会の子どもたちを守る機能がなくなった現在では、学校、児童相談所、警察が中心となって、連携して全力を挙げてこの子たちを守らなければ、犯罪や虐待・ネグレクトの犠牲になり、場合によっては自ら非行に手を染めてしまうことすら残念ながら少なくないのです。
 不登校、深夜はいかい、家出等をしてしまう子どもたちは、虐待・ネグレクトを受けている子どもたちと同様に、我々が、大人が助け、守らなければなりません。そのためには、私どもが法改正を求めている、

1 児童相談所・市町村(学校)・警察の虐待情報の共有と連携した活動の義務付け
2 市町村(学校)・警察・児童相談所が連携した所在不明児童の発見・保護の義務付け

の実現が是非とも必要です。法改正の内容として、上村くん事件及びNHKで報道された事案を踏まえ、不登校事案についても子どもに虐待・ネグレクトや犯罪被害を受けているおそれがある場合には警察と情報を共有して連携して家庭訪問等必要な対応を行うことも明記するべきと考えます。
 しかし、何度も繰り返して恐縮ですが、現状は上村くん事件でもそうですが、このような事案に対して、学校や児童相談所が警察と連携しようとせず、案件を抱え込んで、結局自分では有効なことは何もしないことが通常です。警察も所在不明児童について児童相談所からの捜索依頼を断るという対応も見られるなど児童相談所や学校と連携した活動には消極的です。
 法改正をして、これらの関係機関に情報の共有と連携した活動を義務付けなければ、いつまでたっても有効な連携はできません。縦割りの強い我が国の行政機関はどこも昔からそうなのです。最近では守秘義務と個人情報保護を言い訳として情報の共有や連携しないことを正当化するまでに悪質化しています。都道府県警察の中にも、他の事件への対応で忙しいから虐待事案は児相でもっとやってくれと知事部局に申し入れたところもあるやに聞いています。もし、これが本当だとすると、虐待から子どもを守る活動が警察の核心であることを理解しないものであり、これほど虐待問題が社会問題になっている中で信じられません。法律で義務付けなければ、これらの機関は情報共有も連携もした活動は決してしないことをさらに確信しています。
 是非とも、上記法改正を実現させ、児童相談所、市町村(学校)、警察が情報共有と連携した活動をとることを義務付け、その有する機能を最大限に発揮できる体制を作り、虐待・ネグレクトのみならず、不登校、家出、深夜はいかい等にひそむ様々な問題から子どもたちを全力で守ることこそ、上村くんの犠牲を無にしないためにも、私ども大人に求められることです。

 本事件を契機として文部科学省では再発防止策が検討されるでしょうから、同省には私どもの求める法改正に賛同するよう説得するとともに、昨年末に安倍総理に提出した署名に続いて、本年以降集まった法改正を求める署名を安倍総理に提出し、法改正の実現を強く要望していきたいと思います。
 上村くんの死を無駄にしないためにも、何としても子どもを守るための法改正を実現するべく全力を尽くす所存ですので、私どもの法改正を求める署名運動に何卒ご理解ご支援賜りますようお願いいたします。

 なお、少年の凶悪犯罪という観点から本事件を検討する場合には、
○2010.2宮城県石巻市19歳少年によるDV交際女性関係者2名殺害事件
○2013.7広島県呉市16歳少女による少女集団暴行死事件
○2014.10 北海道南幌町女子高校生による祖母・母親殺害事件
のいずれの加害少年も幼少期から親、祖母から虐待を受けていたと考えられていること、及び少年院在院者の50%の子どもに虐待の体験があるという法務総合研究所の調査結果(2001年3月)も踏まえ、加害者とされる少年の養育環境についても解明することが必要と考えます。少年非行・少年犯罪防止対策としても、子ども虐待の抑止と被虐待児への精神的な治療・カウンセリングの実施(私どもの求める法改正の項目5です。)が極めて重要であることはご承知のとおりです。
 長々とした文章をお読みいただきありがとうございました。