ブログ60 「エビデンスによる検証」、あるいは、起こった事例から問題点と再発防止策を考える、というアプローチがなぜとられないのか

 いつも「子ども虐待死ゼロを目指す法改正」を求める署名活動にご協力を賜っておりますことに厚くお礼申し上げます。

1 これまで柔道事故その他の子どもの事故について分析し、貴重な警鐘を出し続けておられる名古屋大学の内田良先生の「教育という病」(光文社新書)を拝読しました。同書では、子どもの安全について、これまで「エビデンス」による検証がなく、子どもの死亡事故などの事故事例を検討し、どのような事故パターンが多いのかという検証がない、と指摘されています。

 子ども虐待死についても全く同様だと感じました。厚労省や児相関係者による「エビデンス」、過去の事故事例によるまともな検証がなされていないのです。
 子ども虐待死を防止するためにはどうしたらいいのかを考える場合には、過去の事例から問題点を洗い出し、再発防止策を講じるということになることは、どなたも異論のないことと思います。
 私は、警察庁在勤中の2004年1月に発覚した大阪府岸和田市中学生餓死寸前事件に衝撃を受けました。ずっと不登校で、親が教師の面会を拒否し、学校から児童相談所に何度も通告しているのに、なぜ餓死寸前になるまで助けることができないのか、児童相談所は何をしていたのだと感じたことを、さらに、児童相談所の職員が記者会見で責任のがれの弁明にもならない弁明をしていたことを覚えています。
 それ以来、シンクキッズを設立する以前から、凄惨な子ども虐待死事件が起こると、新聞記事を切り抜いて、スクラップブックやクリアファイルに残し、すべてではありませんが自治体の設置した検証報告書もプリントアウトし、残すようにしています。
 私は部外者としてしか情報収集していませんが、それでも、岸和田事件以来繰り返される数多くの子ども虐待死事件の新聞記事を読んだだけでも、なぜ子どもを救えなかったのか、どのような失敗のパターンが多いのかは分かります。以下、簡単に述べてみます。

2 まず、子ども虐待死の大きな類型として、望まぬ妊娠等子育て困難な妊産婦が支援もないまま、生まれた子どもを出産後まもなく殺害してしまう事例と、児童相談所が把握していながらみすみす虐待死に至らしめてしまう事例がある、ということが分かります。

(1) 前者の事例は、望まぬ妊娠等子育て困難な妊産婦が支援を受けることができず、思い余って殺害してしまうわけですから、問題は、いかにこのような妊産婦を支援する仕組みを講ずるかということになります。そのためには、できるだけ自主的に相談に来てもらうような相談しやすいサービスを提供するとともに、自主的に来ていただけない人をいかに行政が把握して支援の手を差し伸べることができるような仕組みをつくるか、ということになります。(ここではこの類型についてはこれ以上触れません)

(2) 後者の事例は、やや複雑です。岸和田事件以降も毎年毎年いやというほど繰り返されていますが、主な類型としては次のものがあります。

 ①児相が虐待を把握しながら家庭訪問しない、あるいは間隔が空きすぎ、その間に殺されるケース
 ②児相が通報を受けながら所在が分からない、転居して所在が分からない、親から面会拒否された等の場合に、警察に通報せずほったらかしにして、殺されるケース
 ③児相が虐待家庭と把握している家庭について警察に情報提供しないため、その家庭について「子どもがひどく泣いている」との110番が住民から入っても、現場に行った警察官が「夫婦喧嘩だ」などと親に騙され、虐待を見逃してしまい、その後親に殺されるケース
 ④児相が危険な親であるにも関わらず、親が虐待を否認・一時保護に反対などすれば、医師や市町村・病院・学校等の意見を無視し、一時保護せず、あるいは一時保護を解除して家に戻してしまい、殺されるケース

 この分類とそれぞれのケースにどのような事件が該当するかについて整理した資料を昨年10月厚労省の社会福祉審議会児童部会専門委員会に提出し説明しましたので、ご覧ください。http://www.thinkkids.jp/wp/wp-content/uploads/2014/11/blog35.pdf
 なお、それ以降の著名なケースでは、足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件は①に、館林市・足利市虐待死事件は②に、当たります。

 以上のケースのあることが、子ども虐待死事件を報じる新聞をそれなりに多く読んでいけば、多くの人は容易に分かります。あとは、それぞれのケースのような虐待死を防ぐ対策を考えればいいわけです。
 すると、①のようなケースを防止するためには、子どもが殺されないように家庭訪問の頻度を上げ、子どもの安否確認と親への指導支援をもっと充実させればいいということが分かります。
 ②は、子どもの所在・安否が分からないのにほったらかしにすることは論外で、警察に通報して調査してもらうべきだ、とこれも容易に思いつきます。
 ③は、昨年1月の葛飾区愛羅ちゃん虐待死事件ですが、児相から警察が虐待家庭の情報提供を受け、110番通報を受けた家庭について虐待家庭であると現場に向かう警察官に指令できるシステムを整備していれば、警察官が親に騙され虐待を見逃すことを防ぐことができると思いつきます(これはやや警察に詳しい人しか思いつかないかもしれませんが)。
 ④は、過去に虐待歴がある、DV夫、アルコール中毒、精神疾患、調査拒否など類型的に危険と判断される場合や医師、市町村・病院・学校などが危険であるとの意見である場合にはその意見を尊重し一時保護する、解除する場合も同様の判断をする、という方針とすることが必要である、ということも容易に思いつくことと思います。
 そして、次のような児相の実態を知れば、対策はさらにおのずと決まってきます。児相だけでは到底対応できるものではなく、案件を抱え込んでいる場合ではない、他機関、特に警察との情報共有と連携が必要だということです。ところがこの対策が厚労省からは全く出てこないのです。

 児童相談所は全国に207か所しかなく、小さい県では2か所程度、遠隔地の家庭に訪問するまでは数時間かかる。虐待に対応する児童福祉司は全国で約2800人、一人当たり140件の虐待案件を抱えながら、勤務時間はいわゆる「9時から5時まで」で警察のように夜間に執行できる態勢はない。にもかかわらず、警察に虐待情報は提供しない。職員は通常の人事異動で児相に配属にされ、2、3年で異動する。介入と指導という相反する業務を担っているため、親の意見に過度に配慮し、一時保護に消極となりがちな組織。児相が関与しながらみすみす虐待死に至らしめても懲戒処分はほとんど課せられない(*)

 ①の家庭訪問の頻度を上げるということは、児相単独では全く不可能です。現在も1人当たり140件も抱えているので、ほとんど十分な家庭訪問はしておらず(足立区ウサギ用ケージ虐待死事件では5ケ月も家庭訪問の期間を空けています)、頻度を上げることは単独でできるはずもありません。そうすると、家庭訪問の頻度を上げるには、警察等他機関と連携して一緒にあるいは分担して家庭訪問するしか方法はありません。そして連携する主たる機関は警察しかありません。そもそも身体的虐待、性的虐待は犯罪であり、重度のネグレクトも犯罪です。警察に対して110番がなされることが全虐待件数の3,4割を占めており、暴力をふるう親に対峙する機関はそもそも警察しかありません。イギリスやアメリカでは、児童相談所に当たる部局と警察は密接に協力し、全ての虐待案件につき情報共有し(クロスレポーティング)、連携して対応しています。もちろん、対象が子育てに悩む母親で保健所の職員が対応する方が適当である場合もあり、すべて警察が対応するわけではありません。案件に応じて最もふさわしい機関が対応することが必要ですが、全体としては、児相と警察が連携して虐待の危機対応に当たるということが、虐待の実態と対応可能性、警察の充実した人員、24時間体制であることからも当然基本になると思いますし、諸外国でもそのようになっています。

 ②、③、④の必要性については、改めて説明する必要もないくらい当たり前のことで、なぜしないのか不思議なほどです。

 これらを法律できちっと規定し、児相や警察に義務付けようというのが、私どもの「子ども虐待死ゼロを目指す法改正」なのです。それは法律できちっと義務付けないと役人は絶対にやらないからです。それはこれまでの児相の対応、あるいは役人の体質、から明らかです。特に、①、②、③は児相と警察の情報共有が基本となりますが、法律で情報共有を義務付けない限り、児相は「個人情報だ」「守秘義務がある」などと正当な理由にならない理屈を言い立ててサボタージュすることは明らかであるからです(今でもそう言っています)。

3 これまでの子ども虐待死事件の新聞記事を読んでいけば、おそらく多くの方が以上のよう対策が必要と思われると思います。過去の事件を分析し、問題点を探り、再発防止策を素直に考えると、このような案になるのです。
 しかし、厚労省や児相関係者からは、いつまでたっても、岸和田事件から10年以上たっても、こういう対策が出てこないのです。わたしはおかしいな、不思議だなと思いながら、昨年、法改正を求める署名運動を始めました。自分からは言い出さなくとも、このような運動が始まると、当然賛成してくれる、警察が児相を応援するという案ですから児相から大喜びされると思っていました。ところが、厚労省や児相関係者からは「迷惑なんだよ」「とんでもないこと言い出すなよ」と言わんばかりの対応をされています。役人からだけではありません。昨年の厚労省の専門委員会には、私が出席しこのような意見を述べましたが、年末に出された提言では全く無視されています。専門委員会のメンバーである虐待問題に取り組んでおられる学者や弁護士の方も厚労省の役人と同様の意見だったようです。

 内田先生のおっしゃる「エビデンス」による検証がないのか、単に面倒くさいからいやなのか、あるいは、警察等他機関と連携することがいやなのか分かりませんが(児相関係者や学者の方の言動からは最後の理由が大きいのではと推測しますが)、最低限いえることは、児相等の関係機関が適切に対応していれば殺されることのなかったはずの犠牲となった子どもの命を決して無駄にしてはならない、ということです。
 反省しない、検証しない、責任を取らない、日本でよく見る姿ですが、子どもの命を犠牲にし続けることだけは絶対に許してはなりません。「子ども虐待死ゼロを目指す法改正」を求める署名運動にご理解ご協力賜りますようお願いいたします。

追記―*については、厚労省に確認しましたが、児相の懲戒処分については把握していないという回答でした。そこで、私が新聞やネットで確認した限り、2006年の京都府長岡京市で児相が把握しながら子どもを餓死させてしまった事件以外懲戒処分がなされたと報じられていた記事は発見できませんでしたので、このような記載としました。他に懲戒処分を実施した事例があればご教示ください。事例が多くあれば訂正いたします。