ブログ82 相模原殺傷事件の再発防止と「子ども虐待死ゼロ」に共通する必要な対策は「情報共有」

いつも「子ども虐待死ゼロを目指す法改正」の実現を目指す活動にご理解ご支援賜っておりますことに厚くお礼申し上げます。

 今回の相模原殺傷事件は、平成13年の池田小学校多数児童殺傷事件以来の衝撃的な無差別大量殺人事件です。池田小学校事件を契機として、犯人が過去に犯罪を起こしながら検察の起訴前の簡易鑑定により安易に不起訴とされていたという実態が明らかになり、その運用が改められたほか、心神喪失者等医療観察法が制定されました。
 当時、私は大阪府警察本部の生活安全部長を務めておりましたが、特に学校、公園、集合住宅等において子どもの犯罪被害の防止を図るため、これらの施設の安全基準を策定し、同基準に沿った安全対策を講じていくことを府に義務付ける「大阪府安全なまちづくり条例」を制定しました。府からは当初「警察に言われることではない」などと嫌がられ、苦労しましたが、弁護士の中坊公平さんや大平光代さんらに応援していただきなんとか成立しました(拙著「日本の治安」新潮新書参考)。
 今回の事件でも、これだけの被害者が出た事件ですから、是非とも、有効な再発防止対策が講じられなければなりません。安倍総理は、28日に関係閣僚会議を開き対策を指示したとされていますが、役人任せにしては、適当な対策でお茶を濁されてしまうことは確実です。

 今回の事件では、医師による措置入院の解除の判断は適切だったかということが大きな問題で、その検証と改善は不可欠ですが、精神疾患の診断は極めて困難であり、今後は措置入院の解除の判断を医師が適切に行うようにすればいい、ということで済む話ではありません(そもそもそれは現在の医学では不可能なことです。)。
 そこで、医師が措置入院の解除が適切と判断し、退院させ、一般社会で暮らすことを認めた元患者をほったらかしにすることなく(今回は相模原市は自ら行動を把握することもなく、警察にもどこにも連絡もしていなかったようですが)、他人に危害を及ぼすことのないように退院後もケアし、フォローしていく仕組みをいかに講じていくかが、再発防止策の肝となります。

 この構図については、お気づきの方も多いと思いますが、親から虐待を受け、一時保護され、あるいは児童養護施設に入所していた子どもについて、児童相談所が保護措置を解除し、虐待親の家庭に戻す措置と同じです。児童相談所は、折角一時保護しながら、虐待親のいいなりに、子どもを危険な家庭に戻してしまい、その後、ほとんど家庭訪問もせず、警察にも連絡せず、ほったらかしにして、子どもが虐待死させられるという事件が多数起こっています。
 虐待親にいつ殺されるかもしれないような家庭に子どもを戻しながら、その後の子どもの安否確認、親の指導支援等の安全確保措置を取らない児童相談所の取組に対して、私どもは、次のような法改正をするよう求めてきました。

児童相談所は、一時保護、施設入所及びそれらの解除の判断に当たっては、子どもの安全を最優先とし、特に親に虐待歴やDV歴、精神疾患がある場合、調査拒否された場合、暴力的な男と同居している場合など虐待の継続が懸念される合理的な理由が認められる場合には、子どもの安全確保に最大限配慮しなければならない。また、親に引き渡す場合には、警察、市町村の協力を得て、定期的な子どもの安否確認、親への指導等子どもの安全確保の計画を事前に策定し、引き渡し後も継続的に子どもの安否確認と親への指導・支援を行わなければならない。

 ご承知のように、この案は厚労省・警察庁から拒否され、今回の法改正には盛り込まれませんでしたので、いまでも、児相が一時保護を解除しても、警察等との情報共有もなく、継続的に子どもの安否を確認し、虐待親を指導支援していく仕組みはありません。

 今回のケースでは、危険がなくなったかどうかわからないまま社会に戻された者(以下「元患者」といいます)からいかに狙われた人々や隣人を守る仕組みをつくるかということが課題となりますが、基本的な考え方は、上記の虐待を受けた子どもを虐待の危険がなくなったかどうかわからない家庭に戻す場合と同じです。それは、自治体の精神保健部局(虐待の場合は児童相談所)が案件を抱え込んで、ほったらかしにするのではなく、退院後もケアを続けるとともに、病状や言動等について警察と情報共有して連携して活動することです。具体的には、警察と自治体の精神保健部局(虐待の場合は児童相談所)が、元患者の自宅(虐待の場合は虐待家庭)を継続的に訪問するなどし、危険が生じていないか、その予兆がないか確認していくことです。今回の事件でも、犯人が周囲に異常な言動をかなり示していたわけですから、警察がフォローしていれば、かなり危険な予兆は把握でき、犯行は防止できたのではないでしょうか。

 ところが、現在は、自治体の精神保健部局も児童相談所も、人の生命に危害を及ぼす恐れのある事態が予想されるにもかかわらず、警察と情報共有すらせず、ほったらかしにしているのです。警察もこのような事案について積極的に情報を得ようとしません。今回の事件と同じような構図である子ども虐待問題について、警察庁は、私どもからの「警察も児童相談所から虐待家庭の情報提供を受け、情報共有して連携して子どもを守る活動をしてほしい」という要望を受け入れず、本年5月の児童虐待防止法等の改正案に盛り込むことを拒否しました。
 拙著「子ども虐待ゼロを目指す法改正の実現を目指して」に書いたとおり、役所は強固な縦割りで、他機関と連携などしたくない、これまでやっていなかったことをやるのは余計なことでそのようなことは極力しない、という体質ですし、警察庁にいたっては、幹部への要望活動を通じて強く感じたことは、児童相談所と情報共有してしまうと、その家庭で子どもが虐待死させられる事件が起こった場合、警察も責任を追及され、批判されるから情報共有などしたくない、というのが本音ではないのか、まさか、そこまでとは、と思うのですが、情報共有を拒むまともな説明は一切ないのです、情報共有するとそのデータを入力するのが大変だから、という冗談のような呆れた説明は聞きましたが (ただ、警視庁や愛知県・大阪・兵庫の各警察の幹部の方は違います。私どもの要望を受け入れてくださり、児童相談所との情報共有に前向きであったことを全国警察の名誉のために申し添えます。)。

 警察庁がこんな姿勢というのは、警察庁OBとして情けない限りですが、今回の事件を踏まえた対策を政府で検討するにあたっては、警察庁は、児童相談所との情報共有を拒否したのと同じような対応をするのではないか、すなわち、責任を負わされるのが嫌で情報共有させられるのを拒否するのではと危惧します。まさかこれだけの大事件が起こりながら、逃げ回るということはないとは思いますが、実は、子ども虐待問題のほうが、年間殺害される子どもの数は100人(日本小児科学会の推計では350人)にも上りますから、奪われる命の数としては多いのですが、それでも警察庁は情報共有すら拒否していますので、どうしても危惧してしまいます。

 政府で関係閣僚会議を開催して、安倍総理から再発防止対策の検討を指示されたということですが、役所任せにしていては、まともな再発防止対策はでてきません。警察庁は情報共有して、その後危険な予兆がないか確認するという役割を課せられることを警戒するでしょうが、安倍総理、菅官房長官は、情報共有すら拒否するという姿勢を警察庁がもし見せた場合には、「何をバカなことを言っているんだ」と抑え込んでいただきたい。塩崎厚労大臣には、児童相談所と警察の情報共有の実現をお願いし、拒否されましたが、今回の問題については、おそらく、警察と情報共有して連携して対応することが必要だとして警察庁に情報共有を求められることと思います。そして、是非気づいていただきたい。子ども虐待問題でも同じだということを。
 そして、安倍総理と菅官房長官にも、今回の事件の再発防止策は、虐待を受けている子どもを守るための対策と同じであることに気づいていただいて、厚労省と警察庁に拒否された、私どもの求める「児童相談所と警察の情報共有と連携しての対応」を是非法律で義務付けていただきたいと強く希望いたします。国会で児童相談所と警察の情報共有について附帯決議をつけていただいているのです。
 今回の悲惨な事件の再発防止策、すなわち、「関係機関の情報共有と連携しての活動」を是非実現していただきたい、そして、同じ対策を子ども虐待問題についても是非実現していただきたい、と強く望みます。