ブログ113 政府の緊急対策の大きな問題点

1 政府が平成30年7月20日に発表した「児童虐待防止対策の強化に向けた緊急総合対策」は極めて大きな問題があり、目黒区結愛ちゃん事件のような児童相談所が知りながら救えるはずの命を救えないという事件の再発防止にはつながらないものと危惧しております。今回の政府の対策では、「Ⅲ 児童相談所と警察の情報共有の強化」という項目は入れられたものの、児童相談所から警察に情報提供される範囲は、

  1. 虐待による外傷、ネグレクト、性的虐待があると考えられる事案等に関する情報
  2. 通告受理後、48時間以内に子どもと面会ができず、児童相談所や関係機関において安全確認ができない事案に関する情報
  3. ①の児童虐待に起因した一時保護や施設入所等の措置をしている事案であって、当該措置を解除し、家庭復帰する事案に関する情報

に限定されてしまいました(下記を開いたp2のⅢ)

https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/000336226.pdf

 児童相談所が48時間以内に子どもと面会ができた事案については、①に当たる案件、すなわち、「虐待による外傷、ネグレクト、性的虐待があると考えられる事案」以外の事案は警察と情報共有しないということになります。これには多くの方が疑問に思われると思いますが、まず、

(1)「虐待による外傷があると考えられる事案」は共有するといっても、児童相談所の職員が確認できるのは、顔や腕など衣服に覆われていない箇所に傷がある事案だけで、腹部や背中、臀部などに傷ややけどを負わされている事案は分かりません。顔に傷をつける親は衝動的に殴ってしまう親ですが、腹部や背中などを傷つける親は、児童相談所や警察に虐待が露見しないように虐待を加えているもので、より悪質なケースといえます。しかし、政府の定めた今回のⅢ①の情報共有の基準では、このようなより親が悪質な、子どもがより危険な状態にある事案は情報共有の対象とならず、警察はこのような危険な状態にある子どもを知らないままでいいとされているのです。
(2)次に、「虐待による」という限定が付されていることも問題です。多くの事案で親は虐待による傷であることを否認し、ベッドから落ちた、(幼い)兄が踏んづけたなどと虚偽の説明をして、児童相談所が虐待によるものかどうか判断できないケースが少なくありません。そのようなケースは警察と共有されないことになってしまいます。しかし、親による虐待であるにもかかわらず、親が否認し、児童相談所がそれを真に受けて、あるいは断定できないとして虐待と判断しない事案で、警察に連絡せず虐待死に至る事件が多発しているのです。平成26年11月千葉県市原市賢大ちゃん虐待死事件は、生後2ケ月で腕を骨折させられた賢大ちゃんにつき病院が児童相談所に通告したにもかかわらず、千葉県の児童相談所は父親が否定し虐待とは断定できないとして(一時保護しましたが)警察に連絡せず、その後一時保護を除し(その連絡も警察にはしないまま)、1ケ月後に父親に虐待死させられた事案です。警察に連絡し警察が捜査していれば父親による虐待と分かり、賢大ちゃんの命を救えた可能性はかなりありました。政府の今回の基準では、このような案件が、引き続き児童相談所が案件を抱え込み警察と共有されることなく、みすみす虐待死に至らしめられる危険が続くことになります(なおこの事案の検証報告書が平成30年5月に策定され、HPに掲載されていますが、驚くべきことに警察との情報共有の必要性は一言も触れられていません。)。

https://www.pref.chiba.lg.jp/jika/jidou/press/2018/documents/00dai4jihoukoku.pdf

(3)さらに、「ネグレクトがあると考えられる事案」という基準ですが、全国の児童相談所が子どもを守る方向で幅広くこれに当たると判断するならばともかく、親が否定したら「ネグレクトとは断定できない」などと児童相談所が判断すると(これまでそういう例が多いのですが)、極めて狭い範囲しか警察と共有されなくなってしまいます。「性的虐待があると考えられる事案」についても同様で、父親が否定すれば性的虐待があるとは言い切れないと判断するのであれば、多くの事案が警察に通報されないままになってしまいます。

 以上からお分かりのように、何度もいって恐縮ですが、どんな基準を作ろうと、その基準に該当しない子どもが安全だという保証は全くないのです。そうであるならば、子どもを守ろうという考えに立つ限り、全件共有するしかないのです。

2 今年の8月1日から全件共有を実施していただく大阪府や埼玉県は、私どもの要望を受け府県庁と府県警で締結された当初の協定では(大阪府は昨年2月、埼玉県は昨年6月)、児童相談所から警察に提供される範囲はこれと似たようなごく限定されたものでした。しかし、それでは不十分であるとご理解・ご判断いただき、今年から全件共有を実施していただくことになりました。なぜ、厚労省や警察庁はこのような先進的な自治体の対応にならおうとしないのでしょうか。限定した子どもしか守らないでいいというのならともかく、幅広く子どもを守ることを真剣に考えると、全件共有しかないという判断に至るのは明らかです。

 警察は24時間365日、交番やパトカーで110番や相談、DV捜査、迷子・深夜徘徊の子どもの保護などの活動を行っており、その過程で、虐待家庭や被害児童と遭遇する機会が日常的にあります。その際に、児童相談所や学校から虐待家庭、被害児童と知らされていれば、虐待を見逃すことなく保護など適切な対応をとることができます。知らされないままでは、虐待死を見逃し最悪虐待死させてしまうのです。そのような事案として次のものがあります(事案5は被虐待児が殺人を犯してしまった事案、事案6は非行少年に殺害された事案)

事案1埼玉県三郷市2歳児虐待死事件
平成19年10月、病院から児相に通報があり、児相は、4回訪問、7回電話するも会えなかったにもかわらず、警察に連絡せず。20年1月 住民から警察に何度も通報あったが、当初どこか分からず、その後も祖母と話ができたのみであった。2月 衰弱死

事案2大阪市阪市西淀川区小学4年女児虐待死事件
平成21年1月学校は虐待と把握するも、学校は児相・警察に通報せず。2翌年3月 住民から警察に「DVではないか」と110番あり、警察官は「夫婦喧嘩」と騙され注意のみで帰る。10日後虐待死

事案3東京都葛飾区1歳児虐待死事件
平成26年1月児相が把握している家庭に110番。児相は警察に知らせず。警察官は「夫婦喧嘩」と騙され体を調べず帰り5日後に虐待死。遺体に40ケ所のあざがあった。

事案4栃木県足利市2歳児虐待死事件
平成27年5月、父親に殴り殺された当日の朝、110番が入り警察官が家庭に赴くも、虐待の兆候なしとして帰る。群馬県の児相は把握していたが所在不明となっていた。

事案5母指示・祖父母強盗殺人事件
平成26年、母親から指示され祖父母を殺害した少年は、小中学校に通わず各地を転々とさせられていた。児相は把握していたが警察には知らせず。過去に公園で野宿していた際、警察官は職務質問したが、親から公園に遊びに来たなどと騙され、保護できなかった。

事案6川崎市上村君殺害事件
平成27年2月、不登校で非行少年との関りがあり、学校は母親に30回程電話するも本人に会えず、警察にも連絡せず。警察は殺害の8日前110番で加害少年・上村君と接触したが説諭のみで、特段の対応を取らなかった。

 警察が対応した直後に、親から騙されるなどして保護できず子どもが虐待死させられるなどの事案は、新聞報道され私が把握したものだけでもこれだけあるのです。直後に虐待死はさせられなくとも、警察がせっかく対応しながら児童相談所(学校)から知らされないまま虐待を見逃し、警察が子どもを保護できず虐待に遭い続けるという事例は極めて多数あるのです。全件共有はこういうことを防ぐために必要不可欠な措置です。全件共有に反対することは、こういう子どもを警察が救えなくていい、虐待されている子どもたちを児童相談所が知りながら警察に知らせず虐待死させられる、あるいは虐待に遭い続けることを容認することなのです。この度、政府はあえてこれを容認したことになります。これまでは児童相談所、厚労省・警察庁レベルの判断でしたが、とうとう政府としてかかる判断をしてしまいました。われわれ国民はこのことを深刻に受け止めなければなりません。知らんぷりをすることは、子どもたちを見捨てることになってしまいます。
 私どもは、引き続き、政府、自治体に、全件共有を働きかけてまいります。ご理解ご支援賜りますようお願いいたします。